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ナイジェリアの大統領官邸で、ボラ・ティヌブ氏がスマートフォンの画面を見つめながら投稿ボタンを押した瞬間、側近たちの視線が集まった。数日前に武装集団に襲われた礼拝堂から連れ去られた38人が、全員解放されたとXに書き込んだからだ。アフリカ最多の人口を抱える同国では、ここ数日で教会と学校を狙った拉致事件が相次ぎ、日常の祈りや学びの場が一気に緊張に包まれている。
教会を襲った銃声と、38人救出までの道のり
襲撃が起きたのは2025年11月19日夜、西部クワラ州エルクにあるキリスト教会クリスト・アポストリック・チャーチだった。礼拝がライブ配信される中、突然外から銃声が響き、礼拝者が椅子の陰に身を伏せる様子や、子どもの叫び声が映像に残ったという。武装した男たちは堂内を走り回り、所持品を奪いながら信者を連れ去り、少なくとも3人が命を落とした。宗教施設が標的となる事件は以前から報告されてきたが、礼拝の最中という時間帯と映像の生々しさが、衝撃をいっそう強めた。
ティヌブ大統領は23日、治安部隊と情報機関による数日間の合同作戦の結果、拉致された38人全員が救出されたと発表した。詳細な作戦内容や解放場所は明らかにされていないが、地元州知事は大統領の「現場を離れない対応」が決定打になったと強調する。大統領自身も、南アフリカでのG20首脳会合への出席を取りやめ、クワラ州や別の州での拉致事案への対応を優先したと説明した。治安部隊の増派や空からの監視強化など、政府が示した強硬姿勢は、市民の不安に応える政治的メッセージでもある。
学校を襲う拉致と、国内外からの視線
教会襲撃の前日には、西部ナイジャ州のカトリック系寄宿学校が武装集団に襲われ、生徒と教職員あわせて300人を超える人々が連れ去られた。後の集計では、生徒303人と教師12人、計315人が行方不明になったと教会側は説明している。ティヌブ氏は、そのうち約50人が既に保護されたと述べたものの、多くは依然として戻っていない。州政府は学校の一斉休校を決め、親たちは子どもを寄宿舎から自宅に戻すかどうか、苦しい判断を迫られている。
教会と学校という「もっとも安全であるはずの場所」が続けて襲われたことで、武装勢力の目的を宗教対立だけで語ることの難しさも見えてくる。身代金狙いの犯罪集団や過激派組織に加え、農地や放牧地をめぐる対立、長年の貧困と失業が治安悪化を支えていると専門家は指摘する。政府は軍や警察の増派、情報提供者への罰則強化、被害地域の学校再編などを打ち出すが、相次ぐ大規模拉致は「国家に守られている」という感覚そのものを弱らせている。
こうした中、ドナルド・トランプ米大統領はキリスト教徒への迫害が続いていると主張し、援助停止や軍事介入の可能性まで口にしたが、ナイジェリア政府は「暴力は宗教を問わず市民を襲っている」と反論する。祈りの席と教室に残された空席の列が、遠くからの威嚇よりも重い不安を静かに映し出している。
