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ウクライナ東部ドネツク州の要衝ポクロウシクをめぐり、前線と発表内容が食い違っている。ロシア側は長期の攻勢の末に市を掌握したと宣言し、1日には兵士が中央広場に国旗を掲げる映像を公開した。一方でウクライナ軍は2日、北部の拠点を依然として確保していると各国メディアに説明し、市街地で敵部隊の掃討作戦を続けていると強調する。地図上では「制圧」と「抵抗」がぶつかるこの街で、実際に何が起きており、その行方は和平協議や周辺住民の生活にどんな影を落としているのか。
北部で続く抵抗、壊れゆく街の断面
ポクロウシクは侵攻前、およそ6万人が暮らし、前線への兵員と物資を送り出す交通の結節点だったと各紙は伝える。だが1年以上に及ぶ砲撃と市街戦でインフラは破壊され、多くの住民が避難した。ウクライナ軍は、特に北側の地区で陣地を維持しつつ、市内での索敵と攻撃を続けていると説明している。南部ではロシア軍が建物を拠点化し前進を試み、同じ街の中で支配地域が細かく入り組んだ状況だ。
残った市民は、断続的な砲撃音の中で最低限の生活をつなぐ。欧州メディアによれば、電力網への攻撃が続き、暖房や給水はたびたび止まるという。前線に近い集合住宅では、地下室が一時的な避難所兼住まいとなり、ボランティアが食料や医薬品を運び込む。兵站拠点であるがゆえに、住民は道路が軍用車両で埋まる様子を日常的に目にし、自らの街が「前線の延長」に変質していく過程を強いられている。
軍の側も消耗戦に直面している。ウクライナ軍は負傷兵を後方へ運びつつ、新たな部隊や特殊部隊を小刻みに投入し、防衛線の維持を図っていると報じられる。一方のロシアは、周辺から数万規模の兵力をかき集め、包囲を完成させようとしているとの分析もある。誰が市役所や広場を押さえているかだけでなく、補給路を保てるかどうかが兵士たちにとっての生死を分ける現実だ。
「解放」映像と反論、情報戦としてのポクロウシク
ロシア国防省は1日、兵士がポクロウシク中心部の広場に国旗を掲げる動画を公開した。翌日には参謀総長が司令部でプーチン大統領に対し、市を「解放した」と報告したとロシア側は発表している。軍服姿で前線司令部を訪れた大統領の姿と合わせ、「主導権は我々にある」と内外に示す狙いがにじむ。街の名称も旧ソ連時代の「クラスノアルメイスク」と呼び替え、象徴的な勝利として演出する政治色も強い。
これに対しウクライナ軍は2日、東部方面の司令部名で声明を出し、ポクロウシクでの索敵・攻撃と敵部隊の排除が続いていると説明した。広場で旗を掲げたロシア部隊については、短時間で撃退したとし、完全制圧の印象を打ち消そうとする。両者とも、現地の詳細な戦況よりも、自国民と支援国に向けたメッセージとして情報を組み立てている様子がうかがえる。
こうした発信は、戦況そのものにも影響する。ロシア側の「成功」は兵士の士気を高める材料となり、同時にウクライナ社会に疲労感を広げる可能性がある。逆にウクライナが「まだ持ちこたえている」と強調することは、海外支援の継続を訴える材料になりうる。ドネツク州の別の要衝アウディーイウカが陥落した際も、両国は発表のタイミングや表現を細かく調整しており、今回も同じ「情報戦の延長線上」にあると言える。
和平協議と前線の攻防が交錯する分岐点
ポクロウシク攻防が激しさを増す一方で、モスクワでは米国の特使とプーチン大統領による和平協議が行われた。ロシア側は、同じタイミングで東部の複数都市を制圧したと相次いで発表し、交渉の場に「優位な立場」で臨んでいると印象づけようとしたようだ。要衝を押さえれば、ウクライナに一段と厳しい条件を呑ませられる――そんな計算が透けて見える。
一方のウクライナは、領土の放棄を前提にした和平には応じない姿勢を繰り返し明確にしてきた。ポクロウシク周辺にはクラマトルスクやスラビャンスクといった大規模都市が控え、ここが突破されればドネツク州西部全体の防衛線が揺らぐと指摘されている。日本の防衛研究機関なども、ロシアが州全域の制圧を長期目標としていると分析しており、この街の行方が今後の戦局を左右しかねない。
前線で続く一進一退と、首都での駆け引きは表裏一体だ。ポクロウシクが完全に奪われれば、ウクライナは新たな防衛線をどこに引き直すのかが問われる。逆に市内の一角でも守り抜けば、ロシアの「勝利宣言」は空洞化し、交渉での圧力も限定的になりうる。映像や声明の裏側で、どちらの社会がより大きな犠牲を強いられているのかという問いは、戦況が動くたびに重さを増している。
