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薄暮の慶州で、視線は一枚の握手写真に集まった。2025年11月1日、高市早苗首相がAPECの場で台湾代表の林信義氏と面会し、その様子をXに続けて投稿したことをめぐり、中国外務省が日本側に厳正な申し入れと強烈な抗議を表明した。前日の10月31日には高市首相と習近平国家主席の会談も行われており、首脳外交の余熱が残る会場で火花が散った構図である。
中国外務省の抗議と論点
2025年10月31日と11月1日の二度にわたる投稿で、高市首相は林信義氏との会談と写真を示した。政府発表によれば会談は約25分で、場所は韓国・慶州のAPEC首脳会議会場周辺である。これに対し、中国外務省は11月1日付の談話で「一つの中国」原則と中日4つの政治文書に反すると主張し、「性質と影響は悪質」と位置づけた。前日31日には高市・習会談が実現しており、時間軸の近さが一層の波紋を広げた。
中国側は台湾問題を「核心的利益の中の核心」と重ねて強調し、SNS上での「高調な炒作」が「台独」勢力に誤った信号を送ると述べた。さらに、日本側に対して「反省と是正」「悪影響の除去」を迫り、内政干渉の中止を要求した。談話は歴史的経緯にも触れ、日本の台湾統治の過去に言及しつつ、越えてはならない「レッドライン」を踏み固める論理で圧力を加えたと映る。
一方、日本側は実務協力の深化を視野に日台対話を位置づける。中国の抗議は、首脳会談で確認した建設的対話の流れと、SNSを含む対外発信のスピード感が交錯した結果とも言える。外交現場では、異なる正統性主張が可視化される局面ほど言葉の選択が重くなる。首脳往来の再開と危機管理の回路を維持しつつ、相互の国内世論にも配慮した表現の調整が問われている。
日台接触の意味合い
林信義氏は台湾の元行政院副院長で、APECには首脳会議の代表として参加した。高市首相との会談は約25分で、首相は台湾を重要なパートナーと位置づけ、幅広い分野での協力と交流の深化に言及した。Xには「実務協力の深化への期待」を示す文言と握手写真が添えられ、会談の政治的含意と実務的メッセージを同時に発信する形となった。
APECは首脳が集う場でありながら、台湾は「Chinese Taipei」の名義で要人を送り、各エコノミーが微妙なバランスの上で接触を重ねる。形式上の工夫と実務協力の積み重ねが並走するのが常態で、今回の面会もその文脈に置かれる。ただし、対外発信の即時性が高まる現在、写真や短い文面が政治的立場の旗印となり、波紋の速度を加速させる傾向は否めない。
比較の視点では、前年のAPECでも当時の首相が林氏と会談している。継続する対話の系譜と、政権交代でのスタイル差が浮かぶ。日本にとって中国は最大の貿易相手国で、米国は安全保障の同盟国である。今回の一件は、この二つの軸を同時に保つ日本外交の難しさを改めて映し出した。経済連携と安保協力の両輪を傷つけず前に進める手順が鍵となる。
波紋と見通し
現時点で確認されている範囲では、中国側は日本に対して強い語調で是正措置を求めたが、追加の制裁や具体的な対抗措置には触れていない。外交文書の参照や歴史言及を積み上げる定型は、立場の硬さを示しつつも、交渉の余地を残す常套の構えだ。次の局面では、外相間の接触や当局間の連絡ラインが、発信の熱量を制度的対話に収斂させられるかが注目点となる。
開催地の韓国・慶州は、米中首脳往来や多国間の会合が重なる節目の舞台でもある。地域秩序の重心が揺れる中で、APECは通商と投資の議題を媒介に、政治的緊張の緩衝器として機能してきた。日本が標榜する「自由で開かれたインド太平洋」の旗の下で、対話の窓を開きつつも一線を引く運用能力が問われる局面が続くとみられる。
通商、安保、世論という三つの力学が絡む以上、一挙の解法はない。写真一枚の意味が増幅される時代にあっても、現場の交渉や制度の積み上げが関係を動かす。関係の温度は上がり下がりを繰り返しながら、次の節目を待っている。
