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薄曇りのキーウで記者が詰めかけた。ウクライナのゼレンスキー大統領は2025年10月9日、停戦が実現すればトランプ米大統領をノーベル平和賞に推薦する考えを示した。和平交渉が足踏みするなか、ワシントンへのアピールを強め、モスクワに圧力を乗せる狙いがにじむ発言である。国内議会でも推薦を求める動きが出ており、戦場外の外交戦が熱を帯びてきたと映る。
“停戦ならノーベル”という賭け
ゼレンスキー氏は9日、キーウでの記者説明で「世界、とりわけウクライナ国民に停戦の機会を与えるなら、彼はノーベル平和賞に値する」と趣旨を述べ、「ウクライナを代表して指名する」と語った。停戦成立を条件に据えたうえで、受賞の象徴性を活用しトランプ氏の関与を引き出す意図が透ける。現時点で停戦の合意は成立しておらず、発言はあくまで条件付きの提案とみられる。
発言の背景には、ロシア側が実質的な譲歩を示さず、実地の戦闘とインフラ攻撃が続く現状がある。外交の推進力を補うべく、国際世論と米政権の関心を結び直す“物語”が必要だという計算が働く。海外通信社の報道によれば、ゼレンスキー氏はトランプ氏の受賞意欲を踏まえ、その心理的レバレッジを活用したい考えだと示唆した。
一方で、ノーベルの名を政治的に用いることへの違和感も国内外にある。停戦が領土の既成事実化を招くのではないかという懸念や、受賞の独立性を損なうのではとの指摘も根強い。発言は響きが強いが、実務面では停戦の枠組みや監視、違反時の措置など、詰めるべき論点が山積しているのが実情である。
議会の動きと対米メッセージ
国会でも動きが走った。2025年10月7日ごろ、ウクライナの一部議員がトランプ大統領のノーベル平和賞推薦を求める動議を提出した。戦略的パートナーへの忠誠と結束を示すべきだとの主張で、米国の関与を制度面でも後押しする狙いがうかがえる。現時点で採決や可決の情報は確認されておらず、議会内の議論はこれから深まるとみられる。
海外報道は、こうした議会の動きと大統領発言を「対米ロビーの強化」と位置づける。ノーベル平和賞の推薦は資格者に限られ、通常は年明けに締め切られるとされるが、推薦の政治的効果は手続き以上に象徴性に宿る。推薦が即受賞につながるわけではないものの、ウクライナが望むのは過程におけるシグナルであり、米政権内の意思決定に影響を及ぼす“材料”の提示である。
国内世論は複雑だ。停戦が市民の被害を和らげる希望として受け止められる一方、凍結和平で戦線が固定されることへの警戒も根強い。現時点で確認されている範囲では、停戦の枠組みは流動的で、ロシアの履行確実性にも疑問が残る。議会の動議と大統領の賭けは、期待と不安のはざまで注視されているといえる。
ワシントンとの距離感、モスクワへの圧力
ゼレンスキー氏は春以降、米国との対話を重ねてきた。3月19日にはトランプ氏と電話協議を行い、エネルギーインフラ攻撃の停止を「第一歩」とする認識を共有した経緯がある。6月25日にはハーグで対面会談を実施し、停戦に向けた「公正で持続的な和平」を掲げた。両首脳の接触は継続的で、今回の発言はその延長線上に置かれる。
軍事面では、ウクライナは米国製の長射程能力、なかでもトマホーク巡航ミサイルの供与を優先課題として求めている。トランプ氏は供与の可能性に含みを持たせており、供与が実現すればロシアの後方に対する圧力が増し、交渉テーブルへの誘因が高まるとの読みが広がっている。ただし、供与の是非は米議会や同盟国との調整が不可欠で、直線的に進むとは限らない。
“ノーベル”という言葉は、国際世論を一瞬で振り向かせる力を持つ。ゼレンスキー氏の賭けは、その象徴性をてこに米国の関与を最大化し、モスクワに「停戦のコスト」を意識させる試みだと映る。受賞の可否は別として、発言は外交の舞台装置として機能する。10日現在、公式サイトで同趣旨の声明は限定的だが、動議と発言が重なることで、圧力の輪郭はより濃くなっている。
