対話重視か抑止強化か　NHK討論で示した与野党“日中関係の距離感”の違い

11月30日に放送されたNHKの討論番組で、与野党の政調会長らが台湾情勢と日中関係をめぐって向き合った。高市早苗首相が国会で、台湾有事が日本の「存立危機事態」に当たり得るとの認識を示したことを受け、野党側は従来の答弁から踏み出した発言だと反発し、与党側は対話を維持しつつ冷静な対応が必要だと訴えた。本稿では、この一連のやりとりが、市民の不安と外交のバランスにどのような影響を及ぼし得るのかを探る。

「存立危機事態」という重い言葉、市民の不安はどこにあるか

「存立危機事態」は、2015年の安全保障関連法で導入された概念で、日本そのものが攻撃されていなくても、国の存立が脅かされる場合に限定して集団的自衛権の行使を認める枠組みだ。この最も重いレベルに、台湾情勢が該当し得ると首相が国会で言及したことで、「日本が武力衝突に巻き込まれるのではないか」という懸念が一気に現実味を帯びたと受け止める人もいる。

番組では、立憲民主党の本庄知史政調会長が「これまで政府が慎重に積み重ねてきた説明の線から外れている」と批判し、火種を増やすだけで双方に利点はないとの考えを示した。市民の側から見れば、専門用語が先行し、どのような場合に自衛隊の活動が拡大し得るのか、生活実感と結び付いた説明が十分とは言い難いとの声もある。南西諸島で避難計画づくりが進む中、言葉一つが地域社会の不安を高めかねないからだ。

一方で、台湾海峡をめぐる緊張が続くなか、「どこまでが日本の安全保障と直結するのか」を明確にしておくべきだという意見も根強い。政府が「最悪の事態」を想定して法制度上の位置づけを確認することと、市民にいたずらに恐怖を与えないことを両立できるのか――今回のやりとりは、政治の側がその説明責任をどう果たすのかという問いを突き付けている。

政府・与党が語る抑止力と「対話の窓」の両立

番組で自民党の小林鷹之政調会長は、首相発言を擁護しつつも「対話の扉は閉ざしていない」と強調し、日中双方が冷静さを保つべきだとの立場を示した。軍事的な抑止力を明確にしつつ、外交チャネルは常に開いておくべきだというのが政府・与党の基本線だが、そのバランスは容易ではない。強い表現で安全保障への決意を示せば、相手国からは圧力として受け取られる可能性もある。

実際、これまでも与党幹部による台湾情勢をめぐる発言が、中国側の反発や抗議を招いた例がある。経済や人的往来で深く結び付く日中関係では、企業や留学生など多くの民間プレーヤーが安定した環境を望んでいる。そうした現場の空気を踏まえると、「抑止力を高める」「対話を続ける」という二つのフレーズが、単なるスローガンに終わらない具体策を伴っているかが問われる。

政府は近年、日米同盟の強化や防衛費の増額を進める一方で、首脳会談や外相会談を通じて中国との関係安定化も図ってきた。今回の首相答弁と与野党の応酬は、その二本立て路線をどう運用していくのかを映し出す一場面でもある。国会での一言が、同盟国や近隣諸国に向けたメッセージとしてどう聞こえるのかという視点も、本来は丁寧に共有される必要がある。

緊張と共存の間で揺れる日中関係、問われるのは「言葉の設計」

野党側が問題視したのは、台湾有事をめぐる認定の是非だけではなく、日中関係が悪化する中であえて強い表現を用いた政治的メッセージの重さだ。経済安全保障や人権問題などで対立点を抱えつつも、日本にとって最大の貿易相手国である中国との関係を完全に断ち切る選択肢は現実的ではない。だからこそ、首脳発言のトーンは、緊張と共存のどちらに重心を置くのかを象徴的に示してしまう。

一方、台湾情勢をめぐる懸念は日本だけのものではなく、米欧や東南アジア諸国も注視している。日本国内の議論が、専ら国内政治の対立構図に回収されてしまえば、地域全体の安定にどう貢献するかという視点が後景に退きかねない。今回の与野党の応酬は、国際社会の中で日本がどのような言葉を選び、どのような役割を果たすのかをあらためて考える契機となる。

安全保障をめぐる言葉は、抑止力を高めるためのシグナルであると同時に、市民の不安や近隣国の警戒心を左右する繊細なツールでもある。高市首相の国会答弁とそれに対する与野党の反応は、その設計を一歩誤れば、意図せぬ形で溝を深めてしまう危うさを示した。政治が向き合うべきなのは、法的な想定だけでなく、その先にいる人々の暮らしと地域秩序への長期的な影響だろう。