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台湾有事が日本の「存立危機事態」になり得るとした高市早苗首相の国会答弁を巡り、中国政府が撤回を強く求めている。こうした中、国民民主党の榛葉賀津也幹事長は27日、インターネット番組で「撤回してはダメだ」と述べ、中国に押し切られない姿勢を示した一方、外交努力の重要性も訴えた。発言を巡る論争は、市民の安全保障観と外交のバランスをどう取るのかという問いを突きつけている。
市民の不安と「存立危機事態」発言が映す現実
高市首相は衆院予算委員会で、中国による台湾封鎖を想定した質問に対し、戦艦を使った武力行使を伴う事態であれば日本の存立危機事態になり得るとの見解を示した。存立危機事態とは、2015年の安保法制で導入された概念で、日本と密接な他国への攻撃が日本の存続と国民の権利を根底から脅かす場合に認定されると法律上定義されている。耳慣れない専門用語が、突然「台湾有事」と結びつけられたことで、国民の間には説明不足へのいらだちと、戦争が身近になったかのような不安が広がる。
一方で、中国側は外務省報道官が「撤回しなければ日本は全ての結果責任を負う」と強く非難し、日本が台湾海峡情勢に武力介入すれば侵略行為だと警告した。日本国内では、中国からの渡航注意喚起や過激なSNS投稿が相次いだとの報道もあり、留学生やビジネス関係者など、日中の往来に関わる人々は、緊張の高まりが生活や仕事に及ぶ可能性を意識せざるを得ない。外交上の応酬が、市民レベルの不安として跳ね返っている構図だ。
こうした中で問われるのは、抑止力を意識した発言と、危機をあおらない説明責任との線引きである。台湾有事が日本の安全保障に重大な影響を与えることは、多くの専門家が指摘してきたが、その「最悪の前提条件」だけが切り取られると、市民には現実の外交努力や危機管理の全体像が見えにくい。生活者の側からすれば、法的概念の解説だけでなく、どこまでが想定で、何が直近のリスクなのかという丁寧な整理が求められている。
撤回要求と「撤回してはダメだ」 野党内でも割れる判断
国会では、高市首相の答弁に対し、日本共産党などが撤回を繰り返し求め、「危機をあおるのではなく、戦争のリスクを取り除く外交こそ必要だ」と主張している。これに対し、国民民主党の榛葉幹事長は27日配信の「Japan In-depthチャンネル」で、中国が名指しで撤回を迫る中で日本側が応じれば、「中国の思うつぼだ」と指摘し、発言を引っ込めるべきではないとの考えを示した。
榛葉氏は、自民党とは異なる野党の立場にありながら、安全保障政策では抑止力を重視してきた政治家だ。その彼が「毅然とすると同時に、外交は水際まで」と語った点は象徴的である。強い言葉を全て慎めというのでも、軍事的対応を先行させよというのでもなく、抑止と対話を両立させるべきだというメッセージが込められている。与党・野党という二項対立ではなく、対中メッセージの出し方を巡っても複数の軸が存在する現実が浮かぶ。
背景には、これまで歴代政権が台湾有事への具体的な関与をあえて曖昧にしてきた経緯がある。安保法制の審議時には、「存立危機事態」はあくまで例外的なケースだと説明されてきたが、今回の答弁は、どのような事態でそのスイッチが入るのかを具体例で語った点で一線を画する。榛葉氏の「撤回してはダメだ」という発言は、中国からの圧力によって日本側の説明の範囲が再び狭められれば、将来の抑止メッセージ全体が弱まりかねないとの危機感の表れとも読める。
台湾有事論議をどう熟成させるか 抑止と対話の両立へ
今回の一連の騒動は、日本が台湾有事をどう語るかが、そのまま日中関係や在日米軍の運用、さらには地域の経済活動に直結する時代に入ったことを示している。中国が「誤りを正し、撤回しなければならない」と迫る一方、日本側は「政府の従来の立場を変えるものではない」と主張し、譲らない構図が続く。そのはざまで、市民生活に近いレベルでのリスク評価や避難計画の議論は、まだ十分とは言い難い。
本来、存立危機事態は、集団的自衛権の発動を可能にする最終ラインとして設けられた法的枠組みだ。だが、その適用基準が曖昧なままでは、抑止力にも、市民の安心にもつながりにくい。政府には、具体例を挙げる・挙げないという一点の是非だけでなく、万が一の場合にどのようなプロセスで判断し、どのような外交ルートを使って事態の悪化を防ぐのかという説明が求められる。外務当局が中国側に立場を説明するだけでなく、自治体や企業とも情報共有を深める必要がある。
榛葉氏の「外交は水際まで」という表現は、武力行使の一歩手前まで、交渉や信頼醸成の余地を最大限使うべきだという含意を持つ。台湾情勢を巡る緊張が高まる中、日本が取り得る選択肢は、発言をエスカレートさせるか、全てを曖昧にするかだけではない。どこまでが抑止のメッセージで、どこからが危険な挑発なのかを、市民も含めて共有し直す作業が始まっている。その積み重ねこそが、将来の危機を遠ざける、地味だが欠かせない安全保障政策の一部になっていくだろう。
