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1972年のテルアビブ・ロッド空港事件で国際手配されている元日本赤軍メンバーの岡本公三容疑者(78)が、2026年7月23日(現地時間)、レバノン・ベイルート南部郊外で死亡したとパレスチナ解放人民戦線(PFLP)が発表した。AFPとAPが伝えた。
PFLPでの戦闘名は「日本人アハマド」
PFLPは、岡本容疑者が長期にわたり病気を患っていたと説明した。死因は明らかにしていない。発表によると、PFLP内での戦闘名は「アハマド・アル・ヤバニ(日本人アハマド)」だった。
AFPによると、岡本容疑者は1985年に捕虜交換で釈放され、2000年にレバノンで政治亡命を認められた。その後はPFLPの保護下で暮らしていたという。死亡場所とされたベイルート南部郊外は、親イラン武装組織ヒズボラの拠点とされる地域だった。
ロッド空港で3人が銃撃、約100人死傷
岡本容疑者は、1972年5月30日にテルアビブのロッド空港(現在のベングリオン空港)で起きた乱射事件の実行犯として国際手配されている。警察庁の1973年警察白書によると、日本人3人が自動小銃を乱射し、手りゅう弾を投げ、24人が死亡、76人が重軽傷を負った。警察庁は、PFLPが事件直後に犯行の責任を表明したとしている。
警察庁資料によると、レバノン当局は1997年、岡本容疑者を含む日本赤軍メンバー5人を拘束した。2000年には、岡本容疑者を除く4人が国外退去処分となった。
日本の警察庁は7月24日、死亡情報について「事実確認しているところ」とし、今後の対応については現段階でコメントできないとしている。
